新潟の酒


喉越しがさわやかで飲み飽きしない

新潟の酒の「淡麗辛口」は、

県内の酒蔵が一丸となって

育ててきた独自の味わい。


新潟の酒は、淡麗辛口。
この特徴は
いつ頃生まれたのか。 

 

霜は軍営に満ちて秋気清し
数行の過雁月三更
越山併せ得たり能州の景
遮莫家郷の遠征を思はんは


 この詩は酒をこよなく愛した上杉謙信が、春日山城の陣中に観月の宴を張ったときに詠んだ即興詩「九月十三夜」です。彼が文武双絶の名将と謳われるのもうなずけますね。謙信は税を免除して酒造りを奨励していたと言いますから、酒に対する思い入れは相当なものだったに違いありません。新潟の酒が栄えたのは、謙信の酒好きのおかげかもしれませんね。その新潟の酒の始まりはもっと時代を遡ります。古事記の中に、出雲の国から遠征してきた大国主命を、久比岐地方(現在の糸魚川市)を治めていた奴奈川姫が「沼垂の田(水田)の稲を用いて醸した『たむ酒』でもてなした」とあり、神代の時代から新潟で酒造りがおこなわれていたことが窺えます。本格的な酒造りは江戸時代になってからで、西国杜氏から技術を学んだ越後の酒男たちが、関東一円で活躍するようになりました。
 
 新潟の酒を形容するときに「淡麗辛口」という表現を使いますが、喉越しがさわやかでスッキリした味わいを淡麗辛口とは、なかなか言い得て妙。これは決して味が薄く水っぽいという意味ではありません。味がきれいでキメ細かく、軽くて品があり、全体が調和した深い味わいを感じさせる。しかも、あとに残らない。と、まぁ、こんな意味になるでしょうか。どんな料理にも合い、飲み飽きしないのは左党からすればうれしい限りです。今、全国的に清酒需要が低迷する中にあって、順調な伸びを示しているこの新潟の酒のタイプを、全国のメーカーが追いかけているのです。酒の性質を表現する一つの方法として日本酒度と呼ばれる数値か、あるいはこれと酸度、アミノ酸度から計算した甘辛度・濃淡度で表しますが、これらの数値を見ただけでは他県の酒も新潟の酒もそう大差はないように思えます。しかし、これはいわば数字のマジック。そこには「味わい」や「深み」と言ったものが考慮されていません。その味わいや深みを醸し出しているのは、造りの確かさということになるでしょう。例えば、米の精白度。米の外側部分には酒造りに不都合なたんぱく質や脂肪などが集まっています。それを磨き落とし、純粋な澱粉を得ることがいい酒を醸す一番の条件なのです。ある品質レベルまでは磨けば磨くほどいい酒になることはどの酒蔵もわかっているはずですが、その分コストがかかってしまう。どこまで米を磨くかは、各酒蔵の考え次第というわけです。営利主義ではなく、本当にいい酒を醸そうとする新潟の蔵元の姿勢が、今の人気を育てたと言っていいでしょう。こうした淡麗辛口の方向性は、濃厚甘口の酒が全盛だった頃から、試行錯誤を重ねながらも県内の酒蔵が一丸となって育ててきた、新潟の酒独自の味わいなのです。

 こうした新潟県の酒造組合のまとまりは全国一とも言われ、その意思統一が新潟の酒をここまで伸ばしてきた原動力であるのは間違いありません。もちろん、106も酒蔵があり、水質や蔵の考え方などによって個性のある酒を造っているわけですから全部の銘柄が同じ味というわけではありません。しかし、新潟県全体で見れば基本は淡麗辛口タイプの酒を追求しており、全国がそれを追いかけている格好になっているのです。
 
 この「淡麗辛口」の酒質を醸し出す要素は四つあります。まず、一つ目が米。日本一の良質米産地である新潟には、酒の原料に適した酒造好適米の東の横綱「五百万石」があり、これが味のきれいな淡麗辛口の酒を醸すのに最適なのです。さらに平成五年にはその五百万石を補う酒米「一本〆」がデビューしました。新潟の酒は、ほぼ100%県内産米を使用しており、これは他県にみられない特徴であると同時に、農家の米生産の安定した基盤づくりにも役立っています。そして二つ目が水。酒の80%は水ということですから、水の善し悪しが酒の品質を決めるといっても過言ではありません。新潟の水は、信濃川や阿賀野川を始めとした大小さまざまな河川の伏流水。長い年月をかけて地中でろ過された水は、酒質を劣化させる主要成分である鉄分やマンガンなどが非常に少ない上、さらにカルシウムやマグネシウム成分の少ない軟水に恵まれているのです。この水が酒の味をまろやかにし、クセのない飲みやすい酒質をつくります。現在では冷房設備の採用やコンピュータ管理などによって、酒の管理もラクになりました。とはいえ、雑菌を包み込んで空気を清浄にし、天然の冷蔵庫の役割を果たす雪も、低温長期型のもろみ発酵を行う新潟の酒造りに欠かせない三つ目の要素となります。冬の新潟の気候が、寒造りに適しているという理由がよくわかります。しかし、いくら原料や条件が良くとも、それを醸す技術がなかったらいい酒はできません。四つ目が、卓越した技術を持った酒造りの責任者杜氏。杜氏の産地というのも変な言い方ですが、全国には丹波杜氏や南部杜氏など、多くの杜氏の故郷があります。その中でも新潟の気候風土に適した酒造法を見出した越後杜氏は、現在全国一の酒造技術を誇ると言われ、新潟はもちろん全国各地の酒蔵で活躍しています。

 昭和三十九年頃から、時代を先取りする形で「淡麗辛口」の方向へと向かった新潟の酒。今の人気は、そのたゆまぬ努力の結果です。この人気におごることなく、新食糧法の施行が予定されるなど、激変するこれからの時代を考えながらの酒造りが展開されていくに違いありません。よりおいしい酒の誕生を期待しようではありませんか。


 この資料はCLIK[クリック]1995.SUMMER 7(第四銀行営業企画部)の許可を得て引用しました。
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